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by 切腹ザムライ  at --:-- |  スポンサー広告 |   |   |  page top ↑

対談

ハラキリ「まぁまず今回の事件で思うのは、彼はとにかく自分を理解してほしかったんだと思うんですよね

事件を起こすことでしか、誰も自分の話をきいてくれなくて

事件を起こせば、皆が僕に関心を持ってくれるだろうし

僕の話もきいてくれるんだ、って、意識としてはそうは思ってなかっただろうけど

結果として求めていたものはそういうものだったような気がします。

そして、彼の孤独にすいよせられるように多くの人々の共感が集まってきて・・・

もし事件の前に、彼にこれがあったなら、きっとあんな事件は起こさなかったんじゃないかな

って俺はすげぇ思うんですよね。

「世界はクソだ、いやだいやだ、窮屈で気持ち悪い」っていう彼の思いに対して

「俺もそう思うよ」とか、「わかる」とか そういうふうに一緒になって世界を嫌ってくれる人がいるだけで

きっとすげぇ安らげたと思うし、救われたんじゃないかな

そうやって世界を嫌いな人が皆で集まることで、さらに大事件になる、っていう可能性もほとんどない

今はもう、昔のように世界を嫌っている人同志が集まって世界を変えるとか

世界を壊すとか、そういう思想も分かち合えないくらいに孤独な時代ですからね

彼は孤独からぬけだして共感がほしくて、それを今

思惑通りに手に入れたんだな、っていうふうに俺には見えるんですけど、どうですか」


ひお「理解されたかった、ということは間違いなく根本にあるのだろうと感じます。
自分のブログにも書いたことなのですが、
彼は結局「しがみつききれなかった」人なのだとわたしは思いました。

 やりたいこと…殺人
 夢…ワイドショー独占

という彼の書き込みからしても、
この事件が彼にとって注目を集める手段だったというのは確かなのでしょう。
(参考:http://www11.atwiki.jp/akb_080608/)

人は孤独に追い詰められたとき、なんとかなにかにしがみつこうとして
それが普通はネットの掲示板だったり、出会い系だったり、ブログだったり(…)で
自分の存在を他人に受け止めてもらうことで、それがたとえ錯覚であったとしても
ある程度は満足できて、なんとか現実をやり過ごせる。
今の時代、そうやって孤独な人々はなんとかガス抜きをしていると思うんです。
少なくともわたしは、自分にはそういう面があると自覚しています。
たとえ現実の生活がうまく行かなくて閉塞感に苦しんでいても
少しでも風穴があれば人間はなんとか生きていけるし、
その風穴を本能的に開けようとして、ネットにはまる人が多いんじゃないかと。

でも彼はネットの掲示板でさえ、自分を受け止めてもらえなかった。
どこにもしがみつくことができなくて、言葉が通り抜けてしまった。
そこに彼の生命力の弱さというか、脆さを感じます。
もちろん彼は自分から他人の意見を拒み、関わりを断つような発言をしているのですが
たぶん本人にはその意識はなくて、「周りが悪い」と思っていると思うんですね。
その一方で、「自分なんて嫌われて当然」という意識も強烈に持っているのですが…

だからこの事件でわたしが一番衝撃を受けたのは、
ネットでさえ他人と連帯できないくらいのコミュニケーション不全が存在しうること、
そしてそういう人間がそのまま犯罪に走ってしまったこと。
そのくらい社会の自浄作用(とでもいうべきもの)が衰えていることが、怖いなと思いました。
そういう存在が生み出されることを誰も止められなかった(関われなかった)こと、
そこに至るまで誰も受け止めてやれなかったという
彼を取り巻いていた強烈な孤独が、わたしは恐ろしいです。

彼の書き込みを読んでいると、
結局彼は誰かに止めて欲しかったんじゃないかと強く感じました。
本人もそう供述しているそうですが…
結局誰にも関心を払われず、止めてもらえないまま犯行に及んだ彼が
今、共感を手に入れられているのかどうか、わたしにはわかりません」


ハラキリ「今、彼は確かに共感を手に入れられていると思いますよ

その証拠ってわけじゃないけど、彼のあとをおうように掲示板に書き込む少年少女が多発して

捕まったから「いたずらでやった」って言っているけど、あのタイミングで

ネットの掲示板に書き込むことがリスクのないことだとは思ってないと思うんですよね

いくら子供でも。一番警察が眼を光らせている時期に

わざわざネットに書き込むことがね。

もちろん、インターネットは完全に匿名の世界でバレようがない、と勘違いしていたから書き込んだって可能性もありますが・・・


彼に共感が集まっているひとつの側面としては、彼のキャラクターが

怖くもないし、強くもなくて、むしろかわいそう

みたいな感じで報道されているからなのかな、って思うんです


もちろん、ここでいう共感っていうのは、完全なる共感ってわけじゃなくって

もしかしたら共感って言葉自体、少し強すぎるかも、っていうくらいの

あわい感じなんですけども

その感情の根底にあるのは、世界への生きづらさと孤独で

彼の感覚を「まったく理解できない」というふうには言い捨てられない

みたいな感覚が一部では広がっているように思えます

なんか、一連の報道を見ていると、むしろ

そういうふうに感じさせるように報道している、みたいな感覚さえ

抱いてしまうんですけども・・・


まぁ、ただ一つ言いたいのは

ネット上での人間関係に救いを求めるのは危険すぎる、っていうことですね

公衆便所の壁に「俺をわかってくれ」て書きこんだところで

求めているようなあたたかさは戻ってこないでしょう

もちろん、ブログなりなんなりでの人間関係で救われた経験のある人はたくさんいるだろうし

そういう面は確かにあると思いますが

ただ、それに対してあらかじめ期待をするのは危ないかな、と

結果としてネットでの関係に救われている部分もある

っていうくらいでちょうどいいんじゃないかな、と思います」



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テーマ: 今日のつぶやき。 -  ジャンル: 日記
by 切腹ザムライ  at 14:23 |  未分類 |  comment (1)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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by  2008/06/18 20:24   [ 編集 ]
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