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by 切腹ザムライ  at --:-- |  スポンサー広告 |   |   |  page top ↑

現代日本語についての考察

日本語力の低下が言われてひさしい。

日本語が死んでいく、と嘆かれる旧世代のかたがたの気持ちも、

まぁわからんではない。


が、言葉というのは時代とともに変化していくもの。

いつまでも「てふてふ」とは言っていられないのだ。


言葉が移り変わり、昔の言い回しが使われなくなったからといって、

今の言葉が「ただしくない日本語」と呼ばれるのはどうだろう?


その論理でいくと、これから先、僕らには新たなボキャブラリーを

生み出す権利はなく、ただただ日本語を壊していくばかり、と

嘆かれるだけなのか、僕らの言葉は。


「気のおけない仲」なんて、もし相手が意味を履き違えれば

誤解をうみ、失礼とさえとられるような言い方はわざとさけるのが

この時代にうまれた以上、マナーですらあると思う。



これがただしいんだ!

本当の意味も知らないなんてばかなやつだ

ん?貴様らの言葉などしらん

知ってたらいいのはこっちだけだ、そっちを知らないことは

なんら恥ではない

いいか、気のおけない仲っていうのはだなぁ・・・



そんな古い言い方をしなくても、もっといい言葉はたくさんあるし。

死んでいく言葉たちに権威をもたせようとする意味が

ぼくにはまるでわからない。


むしろ その学校的な「ただしさ」にむしずすらはしるね




ただしくない、ただしくない、と。かな言葉を使い始めたころも

女性たちはこうやってあなどられたのかな。


ただ、唯一ちがっているのは

今の言葉は意識的にうまれてきたわけではなく

自然にうまれてきたぶん

まるで洗練されていないという点かな


でも その洗練との程遠さこそが時代の空気にマッチしている

と ヤパーリ私はそのようにも思うわけですよww





先日、雨の中駅につくと

横にいた女子高生二人組が言ってました






ちょっと、雨降ってんだけど







ありえなくなぁい









ちょーありえないんだけどぉ







・・・いや、けっこうありえるよ

わりと降るしね

雨。






私はそう心でつぶやきながら、彼女たちの横を過ぎ去ったのですが、

とにかく、今の若い人(まぁ、自分もふくめて)には

ボキャブラリーがない。


次々とうまれてくる新ワードは、そのほとんどが

強調句。

「マジ」、「やばいやばい」、「鬼」、「てげ(一部地域のみ)」

「うんこ(「とても」の意)」

なぜ、こんなにたくさんの強調句がうまれては消えていくのか

それを考えるために、これらを使うシチュエーションを

振り返ってみましょう


「これ、マジうまくなぁい」

「やばいやばい」

「これ、てげうめぇこっせん?」

「てっっっっげなうめーーー!(「て」から「げ」までのタメの長さによって、強調の度合いを調節する)」


「これ、マジ臭くなぁい」

「うんこ臭い」


以上でわかるように、とにかく皆さん







出川なみにリアクション芸人






なんですね。



その






オーバーリアクションシンドローム




にもとづき、強調句は発展していくわけです。






しかも、ボキャブラリーがなぜ少ないかというと

それは、次世代のコミュニケーションにとって



言葉の価値はかなり低くなっているからであると考えられます

それはもう 

ほとんど記号的な意味合いしかない

というくらいに。

前述のありえないは本来の

あるはずがない、という意味ではなく

ちょっと、マジきっついわぁ、信じられない、ていうとちょっとおおげさなんだけど、まぁちょっとおおげさに言うくらいでいっか。言葉のさじ加減なんて知らないしね。白か黒っしょ、この世の中


という意味。同じ言葉に、イントネーションとシチュエーションによって七色の意味をくわえてコミュニケーションする、というのが、記号的といった意味です


記号化された会話というのは



「これかわいくなぁい?」

「かぁわぁいぃいぃ!」

「これ、マジイケてない」

「やばいやばい!」


と言ったように、

同意を表す強調句


もしくは相手の言ったせりふを

そのままおうむ返しする





というだけでも





立派にコミュニケーションを成り立たせることができるのです




これは短期的な会話にかぎらず、長い話においても

根本はいっしょ




なぜなら言葉は そこに流れる空気の確認という意味しかもたず


ひいていえば


同意を求めるだけのコールアンドレスポンスにすぎないわけです


そこには難しい言葉は必要なく

ボキャブラリーはどんどん淘汰されていくのも必然


ただ そこには

テレビのうみだした



間をつかむ技術


というのがいきてます



どのタイミングで反応すればいいのか


深さよりも瞬発力のコミュニケーション


まさに 時代を象徴しているといっていいでしょう


文学が全盛だったころの

二重否定を多様した文体など




まどろっこしくて間が悪くなるだけ


村上龍のように




「言うまでもないことだが」といった枕詞を用いようもんなら





「なら言うなよ!」とすぐさまちゃちぃツッコミが入ります


たまに、うざいです
皆、たぶんそう思ってると思うけど










テレビがもたらす







国民総ツッコミ芸人化







はこれからもどんどん進んでいくことでしょう






で、ボケる技術のない人々が

なにかおもしろいことはないかとつっこみどころを探し

つっこみどころ満載の人間を作り上げては

笑いをとる、と

そこからいじめに発展することもしばしば


そんな時代にうまれた僕らに

昔の言葉をおしつけるなんて



まぁじありえないんだけど!




まとめ


まぁつまり なぜ言葉が死にゆくかというと

一つの言葉にたくさんの意味をもたせて

その記号としての言葉でコミュニケーションをするから


ためしに

今日一日


「やばいやばい」

だけですごしてみましょう


ほとんど 他の言葉は必要ねぇな

って気づくから




だりょうくらぶのように



「やぁ!」

「やぁ!」


と、それだけで意思疎通する


そんな時代が すぐそこまで



データの重さよりも通信速度

のりおくれのないように





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by 切腹ザムライ  at 21:38 |  ハラキリ一人語り |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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