「好き」ってのは言ったことがあるけど
「愛してる」ってのは まだ言ったことがない
まだ その言葉を使うほどの人には出会ってないからみたいな ロマンチシズムを検証しようのコーナーです(パチパチパチ

)
まず 人はいままでに使ったことのない言葉に
感情をのせられるかどうか についての検証です
俺はいままで「リスペクト」って言葉を使ったことがない
「好き」ってのは言ったけど
まだ「リスペクト」って言えるほどの人とは出会ったことがないから
そんな彼が ダリの絵に出会い 心の底から感動したとき
おもわず
おぉ・・・リスペクトだぜ!と 言えると思いますか?
なんていうか 使ったことがない言葉に感情をこめるってのは
たぶん 無理だと思う
書くぶんには文にはいい
そこは技巧的になっても 感情をこめれるだけの時間的余裕があるから
しゃべる言葉で 使ったことがないものを
とっさにだして なおかつ感情をのせるってのは
難しいんじゃないのかい
前の例で言うと 彼は
前もって
ここでリスペクトって言っちゃうかもなー俺っていう心構えがあって
で
キターー!ここで使っちゃおう
人生初語録より 「リスペクト」みたいな
とても感嘆符とは言いがたいつぶやきですよ
愛してる という言葉に感情をのせるのはとても難しいこと
好き ってのは普段使ってるから
まぁ わりとスムーズに心がのってくけど
愛してる なんてレアな言葉には
気持ちよりもテレのほうが先立つし
何より なんか 言葉だけが歩いている感じがして
なんか遠いのよね
自分のなかに前例がないだけに ね
パンがすき 音楽が好き
その延長上に あなたが好き なら 実感わくけど
だから 愛してるって言ったことがないやつが
初めて使う「愛してる」なんて
きっと居心地悪いだけの 手にのりきらない言葉
すごく大切にして宝箱にしまっておいた言葉だから
そのぶんだけ期待もおおきくて
ロマンチックな切り札は そのままメジャーになって
この人は いい人だけど
やっぱ「好き」どまりなのよねー
「愛してる」までは届かないわねー まだみたいな
自分ランキングの座標となりて
心の素直さをさまたげたりして
初めて「愛してる」を解禁した人が離れていったとき
なんであんな人に「初めての愛してる」をささげてしまったんだろ
ぼくちゃんたら ばかだったわーと 損した気分がひとしおで
結局 また封印したりして
そういう 「愛してる」を神聖視する人ほど
いつまでたっても
「愛してる」って言葉を手元にたぐることができないでいたりする
使い込んでこそ
手になじんではじめて
感情がこめれるようになる言葉なのにね
愛は「愛という言葉」ではなく
また 「愛という言葉を愛すること」でもない
LOVE YO−KING
love,yes i do
この世に 愛なんかないって
前は信じていたんだ
時間は少し かかったけど
今 はっきりと 感じるんだ
love,yes i do
僕はもう 愛なしで
生きていくことも死んでいくことも
怖くて できないだろう
今 はっきりと感じるんだ
愛は大げさなものではなく
愛は正しいものではなく
愛はひとつの形ではなく
愛は愛という言葉ではなく
きみは きみで やるしかない
love,yes i do
あると 思えばあるんだ
想え 思え おもえ
きっと世界は思い込みだから
僕は 強くつよく思うんだ
愛はむずかしいものではなく
愛は品のいいものではなく
愛は宗教なんかじゃなく
愛は愛という言葉ではなく
僕は愛している人がいるんだ
きみはどうだい
love,yes i do
